キモノへの想い
当社の着物への想いを綴ったページです。
入門
学生時代この世界に入ろうとは夢にも思いませんでした。
大学受験に失敗し、就職活動に取り組むにも時間がありません。 父の思惑通りだったかもしれませんが徒弟制度にはかなり 強い抵抗感を持っていました。
当時の初任給は高卒で10万円程度。国家公務員が月のうち半分に週休2日制をとり始めていた頃です。
今でもはっきり憶えていますが、家の店に丁稚として入社した年の月給は3万円。日曜は一応休みに当てられていましたが、仕事の具合によっては休日がなくなったり、深夜まで働かされるということもまだ珍しくない業界でした。
決意
カルチャーショックとでも言うのでしょうか、労働条件のあまりのギャップに店を辞めたこともありました。 関東へ働きに出たことや調理の仕事に就いたこともありましたが、紆余曲折あり、再びこの仕事に戻ってからはこの業界に骨を埋める覚悟で師でもある父の言葉に従い、技術や知識の研鑽に努めてき ました。
幸い、技能士や伝統工芸士として認められるようになり、技能士の日本一を決める大会、「技能グランプリ」に優勝するという名誉まで得て、人並みに仕事をこなせるようになったと感じる今日この頃ですが、 仕事のことについて自身の考えを大きく変えた心に残るお着物に出会ったことがありました。
出会い
父が前述の技能グランプリに優勝した頃、私達の店が日本放送のズームイン朝(現スーパー)の『修理の達人』というコーナーで紹介されるという事件がありました。
TVの反響というものは凄いもので、全国からクリーニング店や様々な直し屋さんに出しても直らないと断られたお着物が山のように集ってきたのです。
その中にとても印象深いお品物との出会いがあり、そのことが後々の私の仕事に大きな影響を与えてくれました。
受難
関東のお客様からお預かりしたお着物がありました。火事に見舞われ、家財と何より愛するご両親まで失われ、僅かに残った遺品の中に、奇跡的に焼失を免れたというお着物をお届け頂きました。高温の中、煤と水蒸気に晒されたお着物。広範囲に煤汚れていて修復は不可能かとも思われました。
阪神淡路大震災の折にお預かりしたお着物もありました。それはこれまでに見たこともないようなお着物でした。全身に隈なく無数のおびただしい数の血痕が付いていたのです。血液は時間が経過すると非常に落としにくくなります。このお着物の持ち主にいったいどんなことが起こったのかと 思わずにはいられないような有り様でした。
また、東海地方のお客様からお預かりしたお着物もありました。難病を患われ、辛い手術を何度もお受けになられておられるにもかかわらず、本当に気さくで明るく前向きなお方でした。ところがこのお客様がご両親から頂いた形見分けのお着物に変色が多数あるとのこと、、、。自分のお体のことだけでも大変なご苦労をなさっておられたでしょうに、にもかかわらずそのお客様は形見の着物にできた 変色のことがどうしても気がかりで、どこへ持っていってもダメだと断られたが何とかならないだろうかとご相談を下さいました。
想い
お客様の願いが届いたのでしょうか?どのお着物も見違える程 綺麗に修復することができました。お客様の喜ばれようといったら御代はきちんと頂きましたのにその後も何年もことあるごとに贈り物までお届け頂いて。
その時、私は思いました。着物は今、普段着というよりは晴れ着として着用されることが多いように思います。 晴れ着は御召しになられる方にとって記念すべき晴れの舞台に御召しになられるものです。人生には楽しいこと、嬉しいこともありますが辛いこと、悲しいことも多々あります。そういう辛い時ほど人は楽しかった、嬉しかった思い出に支えられて生きているものなのだと思いしらされました。
そういったお客様の大切な思い出の詰ったお着物を守り、維持できるのは我々しかいなのだということを、この時ほど嬉しく思ったことはありません。自分の仕事が誰かに必要としてもらえるという喜びはそれ程大きなものでした。
喜び
着物の生地は繊細でその取り扱いには細心の注意が必要になるかもしれません。けれど我々がいればお着物を愛して下さるお客様方に安心して心置きなくお着物をお召し頂くことができます。これからもお着物を愛して御召し下さるお客様の為に美しい日本の伝統的な装束を代々にまで残していくことの一助になれれば幸いです。あれほど敬遠していた仕事ですが、今はこの仕事につけて本当に良かったと思っています。お着物を愛して下さる方々の為にこれからも着物の御世話にかかわっていければと考える次第です。
願い
もし、ひとつお客様にお願いできるなら着物の取り扱いについて 特に着物のシミ落しについてはできるだけ早く専門の業者にお任せ頂きたいと思うのです。シミは時間が経過するにしたがって落ちにくくなっていきます。また水を使用したり熱を加えられたりされますと落ちる筈だったシミが落ちなくなってしまったり、生地が修復できないほどスレてしまうことがあります。
着物のお手入れに関するご相談も随時、承っておりますのでお気軽にご相談下さい。宜しくお願いいたします。